返還・廃棄・証明:期限・例外・確認の三つで組み立てる

「甲の指示があったときは返還する」という条は、電子データを返還できず、指示を忘れると動かず、削除を確かめられない、という三つの弱点を抱えています。

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案件ごとに削除を指示するつもりが忘れてしまい、外注先の端末に何年分もの素材が残っていた。既定の期限がないNDAでは、よく起きることです。

このページの要点

  • 指示がなくても、個別業務の終了後30日以内などの既定の期限で削除させ、完了の報告を無条件の義務にする。
  • バックアップ・法定の保存・研究データなど削除できないものは例外とし、残すなら秘密として管理を続ける義務として書く。
  • 制作データは、受領素材と分けて、甲に引き渡したうえで削除するか一定期間保管させる。
  • 削除の証明には、対象・方法・完了日を書かせ、提出の期限を決める。アクセス権限の削除も忘れない。

結論:「指示があれば返還」では動かない。既定の期限と、確かめる権利を書く

NDAの終わりの場面で働くのが、返還・廃棄の条です。多くの雛形は「甲の指示があったときは、秘密情報を返還する」と書いています。しかし、この書き方には三つの弱点があります。一つ目は、電子データは「返還」できないこと(送り返しても相手の手元にコピーが残ります)。二つ目は、出す側が指示を忘れると、義務がいつまでも発動しないこと。三つ目は、相手が「削除した」と言っても、それを確かめる手段がないことです。

事務所の書類では、返還・廃棄の条を、①指示がなくても発動する既定の期限、②削除できないもの(バックアップ・法定の保存・研究データなど)の例外と、その扱い、③削除の証明と、出す側が確かめる権利、の三つの部品で組み立てています。一方で、制作の現場のように、何でも消させると困る情報もあります。消させるものと残させるものを分けることも、この条の大切な役割です。

終了時の秘密情報の扱いの流れ

期限の到来個別の業務の終了・契約の終了から所定の日数
返還・引渡し原本・現物は返還、制作データは甲に引渡し
削除・廃棄受け取った素材と秘密情報を消去
例外の管理削除できないものは秘密として管理を継続
証明・報告範囲・方法・完了日を書面で報告

指示待ちをやめる:既定の期限と、無条件の報告

映像制作会社が外注先と結ぶ基本契約のレビューでは、案件ごとに削除を指示する運用は続かない、と指摘しました。指示を出さないまま次の案件に移ると、外注先の端末やクラウドには過去の全案件のデータが残り続けます。外注先が廃業する、端末を売る、亡くなる、といったときに、それが事故になります。

事務所の改訂例 指示待ちの返還から、既定の期限へ

削除の時期

改訂前甲の指示があったときに削除する。(依頼者の持込みの契約書)
改訂後甲の指示がない場合であっても、個別業務の終了後30日以内に、受領した素材及び秘密情報を削除する。

指示を忘れても義務が発動するようにし、過去の案件のデータが積み上がらないようにするため。

削除の報告

改訂前甲から求められた場合に報告する。
改訂後削除を完了したときは、甲の求めの有無にかかわらず、その旨を甲に報告する。

報告を求めること自体を忘れる運用を前提に、報告を無条件の義務にするため。

確認の権利

改訂前定めなし。
改訂後甲は、漏えいのおそれがあるとき、及び本契約が終了したときは、乙に対し、秘密情報の管理の状況及び削除の状況の報告並びに資料の提出を求めることができる。

自己申告だけでは検証できないため。個人データの取扱いを委託する場合は、委託先の監督にも必要。

既定の期限を置くと、相手の事情の変化にも強くなります。外注先が廃業したり、連絡がつかなくなったりした後で「あのデータを削除してください」と頼んでも、相手がもう応じられないことがあります。個別の業務が終わるたびに期限が来る形にしておけば、データが積み上がる前に整理が進み、相手の側に何かが起きたときに残っている情報の量を小さくできます。

三つ目の確認の権利は、出す側の義務とも関係します。顧客の個人データの取扱いを外注先に委託する事業者は、委託先に対して必要かつ適切な監督を行わなければなりません(個人情報の保護に関する法律25条)。削除の状況を確かめる手段を契約に持っていないと、監督をしていたことを示すのが難しくなります。確認の権利は、漏えいが起きたときの報告や監査の定め(差止め・事故報告・監査)とあわせて設計します。

削除できないもの:バックアップ・法定の保存・研究データ

「すべて削除する」と書いても、技術的・法的に削除できないものがあります。自動のバックアップ、キャッシュ、クラウドの同期の履歴、法律で保存が義務付けられている帳簿書類や電子取引のデータです。これらを例外として書いておかないと、受け取る側は守れない義務を負うことになり、条文全体の信用が落ちます。事務所の書類での書き方を並べます。

削除できないものの例外の書き方

削除できないもの例外の書き方どの書類か
自動バックアップ・キャッシュ・クラウドの同期削除に代えて秘密情報として管理を続け、業務の外で復元・利用しない映像制作の基本契約、受け取る側のレビュー、日本語教師講座の講師向けNDA、コーチング講座のNDA、建設分野のNDA
法定の保存(帳簿書類・電子取引のデータ)保存が法令で義務付けられているものは例外とする受け取る側のレビューでの修正提案
保存を続ける必要のあるもの全般保存を続ける旨・理由・範囲を書面で通知し、アクセスできる者を限り、保存期間の満了・上書きの後に消去コーチング講座のNDA
契約書・支払の明細・紛争に必要な記録秘密保持を条件に保存できる日本語教師講座の講師向けNDA
研究データ研究倫理の審査、研究不正の防止、監査、論文の検証のために保存。返還・廃棄の請求の対象外大学と企業の共同研究の契約のレビュー

出す側から見ると、例外を広く認めるほど、相手の手元に情報が残ります。そこで、例外を認める代わりに、残すものは秘密情報として管理を続けること、業務の外で復元・利用しないこと、保存の理由と範囲を通知させること、保存期間が終われば消去すること、を条件として付けます。例外を「残してよい」という許可ではなく、「残すなら、こう管理する」という義務として書くのが要点です。研究データの扱いは共同研究・試験受託のページで詳しく扱います。

条文例

第○条(返還・削除の例外)

1乙は、法令の定め、又は乙の正当な業務上の必要により、秘密情報の全部又は一部の保存を継続する必要があるときは、保存を継続する旨、その理由及び範囲を書面により甲に通知する。

2前項の場合、乙は、保存を継続する秘密情報にアクセスできる者を必要最小限の者に限り、本契約に従って秘密情報として管理し、保存の必要がなくなったとき、又は保存の期間が満了し若しくはデータが上書きされたときは、速やかに消去する。

コーチング講座のNDAの考え方をまとめたものです。「残してよい」ではなく、通知・アクセスの制限・期間後の消去という条件つきの義務として書いています。

共同研究の例外は、さらに性格が違います。大学の側には、研究倫理の審査や研究不正の防止、監査、論文の検証のために、研究データを保存しておく必要があります。企業の側から返還や廃棄を求められて応じれば、大学は研究の検証ができなくなります。そのため、研究データの保存を返還・廃棄の例外として明記し、企業の側から返還・廃棄を請求できない、とする修正を提案しました。例外の理由が、受け取る側の都合ではなく、受け取る側が第三者(研究の世界)に負う責任から来ている点が特徴です。

制作データは消させない:消させるものと、残させるものを分ける

SNS運用代行会社の外注先向けNDAでは、依頼者の原案に「納品・修正の完了後、受領した素材と編集データを速やかに削除する」と書かれていました。一見厳しくて安全な書き方ですが、編集データ(プロジェクトファイル)まで消させると、後で再編集が必要になったときに作り直しになります。また、受託者も、成果物が適法に作られたことや納品した事実を、後から示す手段を失います。

事務所の改訂例 編集データの削除の範囲

削除の対象

改訂前納品・修正の完了後、受領した素材と編集データを速やかに削除する。(依頼者の原案)
改訂後削除の対象を受領した素材と秘密情報に限り、プロジェクトファイルは甲に引き渡したうえで削除するか、甲の指示があるまで保管する。

再編集の手段を残し、受託者も成果物の適法性や納品の事実を示せるようにするため。

NDAと基本契約のつなぎ

改訂前定めなし。
改訂後NDAに「別段の合意により保管が認められている場合を除く」と置き、基本契約側で保管の期間と手順を定める。

保管の期間を基本契約で決め、NDAの削除義務と矛盾しないようにするため。

基本契約の側では、プロジェクトファイルを納品後6か月保管することとし、甲が削除を求めたときは甲の指示を優先することにしました。依頼者からは「6か月を過ぎたら削除の義務があるのか」という質問があり、6か月は保管の上限の期間で、その時点で削除の義務まではない、と回答しています。そのうえで、運用を確実にするために、保管の期間が満了する前の手順を条文に足しました。

ご質問と回答保管期間の満了をめぐる質問

  1. 6か月の保管期間を過ぎたら、受託者に削除の義務はありますか6か月は保管の上限の期間で、満了の時点で当然に削除の義務が生じるわけではない、と回答しました。そのうえで、満了前に引取りの要否を確かめ、削除と完了の報告まで行う条を新設しました。
  2. 満了前の確認には、いつまでに、どう答えればよいですか保管期間が終わる30日前までに受託者から引取りが要るかどうかを尋ね、尋ねてから14日以内に答えがなければ、引取りは不要として削除する、という期限を定めました。

この手順があれば、出す側が返事を忘れても、データは期限どおりに整理され、受託者も削除してよいかどうかで迷いません。返還・削除の条は、出す側の手間をかけずに動く仕組みにしておくことが、何より大切です。

削除の証明書に書くこと

削除や廃棄が終わったことを、どの程度の書面で示させるかは、書類によって幅があります。事務所の書類を並べると、次のように分かれます。

削除・廃棄の証明の書き方の比較

書き方記載する事項・期限向く場面
受領者の記名のある書面削除・廃棄の範囲、完了日、方法コーチング講座のNDAなど、相手が個人の取引
項目を指定した書面削除の対象、方法、実施日、実施の責任者オンラインスクールの守秘義務契約書
期限つきの提出完了の日から7日以内に提出日本語教師講座の講師向けNDA
指定の様式5営業日以内に指定様式の廃棄証明書を提出事務所の約40通のうちの一部
外部業者の証明書の添付破棄を外部業者に委託したときは、業者の証明書を添付紙の資料や機器が多い取引
第三者機関の証明・ログ求めがあれば、第三者機関の証明書、ログ、削除の証明レポートを提出情報の量が多く、技術的な削除の証明が求められる取引
求めがあれば報告甲から求められたときに報告する受け取る側のレビューでの修正提案、事務所の約40通の多く

下に行くほど受け取る側の負担は軽く、上に行くほど後で確かめやすくなります。出す側として、指示を忘れる運用を前提にするなら、期限つきの提出か、項目を指定した書面を選びます。

事務所の約40通では「求めがあれば報告」とするものが多数ですが、これは受け取る側の負担が軽く、相手との交渉で受け入れられやすいためと見られます。出す側としてこの書き方を選ぶなら、終了のたびに報告を求める運用を社内で決めておかないと、証明が一度も届かないまま終わることになります。

証明書に「実施の責任者」を書かせるのは、相手が法人の場合に、誰が削除を確認したのかを明らかにするためです。相手が個人なら、記名のある書面で足ります。どの書き方でも、削除の範囲(何を消したか)と方法(どう消したか)が書かれていないと、後で「あのデータは消していなかった」と分かったときに、証明書の意味がなくなります。

条文例

第○条(返還・削除及び証明)

1乙は、個別業務が終了したとき、本契約が終了したとき、又は甲が求めたときは、甲の指示の有無にかかわらず、終了又は請求の日から30日以内に、秘密情報(派生情報を含む。)を甲に返還し、又は甲の指定する方法により削除し、若しくは廃棄する。

2前項の規定にかかわらず、自動的に作成されたバックアップその他技術的に直ちに削除することが困難な情報、及び法令により保存が義務付けられた情報については、乙は、削除に代えて、本契約に従い秘密情報として管理を継続し、本目的の外で復元又は利用してはならない。

3乙は、第1項の返還、削除又は廃棄を完了したときは、その完了の日から7日以内に、対象、方法及び完了日を記載した書面又は電磁的記録を甲に提出する。

期限・例外・証明の三つを一つの条にまとめた例です。制作データの保管のように、別段の合意で残すものがあれば、第1項に「別段の合意により保管が認められている場合を除く」を加えます。

返還・削除の条を決めるためのヒヤリングと、成果物の引渡しとの関係

返還・削除の条は、渡したものと、相手が作るものの棚卸しから始めます。ヒヤリングでは次の点を確かめています。

ヒヤリングで確かめること返還・削除の条を決めるための問い

  1. 相手に渡すものは、紙ですか、データですか、現物(試作品・機材・鍵)ですか、アカウントの権限ですか形ごとに、返還・削除・権限の削除のどれで終わらせるかが変わります。
  2. 相手が業務の中で作るデータ(編集データ、メモ、写真)はありますか派生情報として削除させるのか、甲に引き渡させるのかを決めます。
  3. 後で再編集や修正の依頼が来る可能性はありますかあるなら、制作データを引き渡させるか、一定期間の保管をさせます。
  4. 相手の側で、法令上の保存が必要な資料(請求書・帳簿など)はありますか法定の保存の例外を置き、保存する間も秘密として扱わせます。
  5. 削除したことを、どの程度の書面で確かめたいですか証明の書き方(記名の書面、項目指定、期限つき、第三者の証明)を選びます。

あわせて確かめておきたいのが、本体の契約の成果物の引渡しとの関係です。業務委託契約で成果物を甲に引き渡し、その権利を甲に移す場合、NDAの削除の義務と、成果物の引渡しの義務が同じデータに重なることがあります。引き渡す前に削除してしまえば引渡しができず、引き渡した後も手元に残していれば削除の義務に反します。順番を「引き渡したうえで削除」と書いておけば、二つの義務がぶつかりません。SNS運用代行のNDAで、プロジェクトファイルを「甲に引き渡したうえで削除し、又は甲の指示があるまで保管する」としたのは、この順番を明らかにするためでもあります。

相手が受け取った情報を自分の記録として残したいと考える理由にも、目を向けておきます。受託者は、報酬を請求した根拠や、指示どおりに作業したことを示す資料を残しておきたいと考えます。日本語教師講座の講師向けNDAで、契約書・支払の明細・紛争に必要な記録を秘密保持を条件に保存できるとしたのは、その必要を正面から認めたうえで、残る情報の扱いを決めるためです。

返還の期限と、アクセス権限の削除

返還の期限を「直ちに」と書くと、資料の量によっては守れません。受け取る側のレビューでは「直ちに」を「30日以内」に改める提案をした例があります。日本語教師講座の運営者の業務提携に付随するNDAの修正版では、「指示の後10日以内」としています。期限は、渡した資料の量と形(紙か電子か、現物か)に合わせて決めます。

試作品や機材、鍵のような現物を渡している場合は、返還の方法(持参か送付か、送料はどちらが負担するか)まで決めておくと、終了の場面で揉めません。紙の資料を相手の側で廃棄してもらうなら、細断や溶解など廃棄の方法を指定し、外部の業者に頼んだときは業者の証明書を添えてもらう形にします。

電子の時代の返還では、データそのものより、アクセスの権限の扱いが重要になります。共有フォルダやツールのゲストの権限が残っていれば、データを削除しても、出す側の手元の最新のデータを相手が見られる状態が続くからです。業務ツールの構築コンサルのNDAでは、終了後14日以内にゲストの権限を削除し、複製を消去して、完了を通知する運用を推奨しました。権限の削除は、相手に義務を課すだけでなく、出す側が自分で権限を外すことでも実現できます。むしろ、出す側が自分で外せる権限は、自分で外すのが確実です(撮影・SNS・アカウント)。

返還・削除をめぐる、出す側と受け取る側の視点

出す側(開示者)の設計

  • 指示がなくても動く既定の期限と、無条件の報告を書く。
  • 削除できないものは例外とし、残すなら秘密として管理を続ける義務として書く。
  • 制作データなど、消させると困るものは引き渡したうえで削除するか保管させる。

受け取る側(受領者)の点検

  • 電子データの「返還」をどう果たすのか、方法が書かれているかを見る。
  • バックアップや法定の保存など、削除できないものの例外があるかを見る。
  • 自分が納品の事実や成果物の適法性を示すために残したい記録が、削除の対象に入っていないかを見る。

返還・削除の条は、存続期間の条と組み合わせて読みます。削除した後も、記憶に残った情報や例外として残した情報には秘密保持の義務が続くからです。いつまで続くかは存続期間の設計で扱います。

起きがちなこと

よくあるご質問

電子データの「返還」は、どうすればよいのですか?

電子データは送り返しても相手の手元にコピーが残るので、「返還」だけでは足りません。原本や現物は返還、データは削除、制作データは甲に引き渡したうえで削除、と書き分け、削除の証明を求めるのが基本です。

バックアップまで消させなければなりませんか?

自動バックアップのように技術的に直ちに削除できないものは、例外として扱うのが現実的です。その代わり、削除に代えて秘密情報として管理を続け、業務の外で復元・利用しないことを義務として書いておきます。

削除の証明書には、何を書けばよいですか?

最低限、削除の対象(何を消したか)、方法(どう消したか)、完了日です。相手が法人なら実施の責任者も書かせます。提出の期限(完了から7日以内など)を決めておくと、出す側が求めるのを忘れても証明が届きます。

制作データを消させると困るのは、なぜですか?

再編集が必要になったときに作り直しになり、受託者も成果物が適法に作られたことや納品の事実を示す手段を失うからです。削除の対象を受領した素材と秘密情報に限り、プロジェクトファイルは引き渡したうえで削除するか、一定期間保管させる書き方があります。

返還の期限は「直ちに」でよいですか?

資料の量によっては守れないことがあります。事務所の書類では、30日以内、指示の後10日以内など、具体的な日数で定めています。電子の取引では、共有フォルダなどのアクセス権限の削除の期限もあわせて決めておきます。

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