差止め・事故報告・監査と、不正競争防止法の営業秘密

違反が起きたときに出す側が本当に求めたいのは、多くの場合、お金よりも「今すぐ止めること」です。

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漏えいの報告を「直ちに」とだけ書いていたら、相手は原因を調べ終えてから、数日後に連絡してきた。時間で決めていないと起きることです。

このページの要点

  • 差止めを契約に明記し、使用の停止・削除・回収・データの消去・再発防止など、求められる措置を列挙する。
  • 事故の報告は「知った時から24時間以内」のように時間で決め、「おそれ」の段階から概要を報告させる。
  • 立入調査は、違反の疑いがあるときに限り、事前の通知と業務への配慮を条件にする。
  • NDAを結んでも自動的に営業秘密になるわけではない。秘密管理の実態と契約をそろえる。

結論:差止めは契約に書き、事故の報告は時間で決め、監査は場面を限って置く

NDAに違反したときに出す側が本当に求めたいのは、多くの場合、お金よりも「今すぐ止めること」です。SNSに載った写真を消してほしい、受け取った資料を使った企画を止めてほしい、という場面です。そのためには、違反の差止めを求める根拠と、漏えいを早く知るための報告の義務、そして管理の状況を確かめる手段が必要になります。

あわせて、NDAとは別に、不正競争防止法が営業秘密を守る仕組みがあります。NDAを結べば自動的に営業秘密として守られるわけではありませんが、NDAの締結は、営業秘密として守られるための事実の一つになります。このページでは、差止め・事故の報告・監査の書き方と、NDAと営業秘密の関係を、出す側の視点から整理します。

漏えいが起きたときに、NDAの条が働く順番

報告受け取る側が期限内に事実を知らせる
差止め使用・開示の停止、削除、回収を求める
調査管理の状況の報告、資料の提出を求める
是正再発防止の措置を求める
賠償違約金・損害賠償を求める

賠償は最後の段階です。最初の報告が遅れると、差止めも調査も後手に回ります。

差止めを契約に書く理由と、その中身

契約に書いていなくても、秘密保持の義務に基づいて違反の差止めを求めることは、理屈の上では可能です。また、漏れた情報が営業秘密に当たれば、不正競争防止法3条により、営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、侵害の停止又は予防を請求できます。漏れた情報が営業秘密に当たるかどうかは、それ自体が争いになりやすく、急いで止めたい場面でその議論から始めるのは得策ではありません。そのため、映像制作会社の基本契約のレビューでは、差止めを契約に明記するよう提案しました。急いで止めたいときに使う仮処分(本案の裁判の前に、裁判所に暫定的な措置を命じてもらう手続)では、契約に差止めを求める権利が明記されているかどうかで、守られるべき権利があることの疎明(一応確からしいと裁判所に示すこと)のしやすさが大きく変わるからです。改定版では、削除を求める権利の条(第19条の2)を新設しました。

契約の差止めの定めが働くのは、契約の当事者(と、契約で義務を及ぼした業務従事者や再委託先)に対してです。受け取る側が自分のSNSに載せた投稿の削除は契約で求められますが、その投稿を見た第三者がさらに転載したものには、契約の効力は及びません。漏えいは広がるほど止めにくくなるので、差止めの定めは、早い報告の義務とセットで初めて役に立ちます。

このレビューでは、違約金と差止めはセットで抑止力になる、とも説明しています。違約金だけでは、お金を払えば漏らしてよいと受け取られかねず、差止めだけでは、違反しても失うものがないと受け取られかねないからです(損害賠償・違約金・上限)。

条文例

第○条(差止め等)

1乙が本契約に違反し、又は違反するおそれがあるときは、甲は、乙に対し、秘密情報の使用の停止、開示の停止、削除、返還、回収、第三者への開示の禁止、目的外利用の停止、資料の廃棄、データの消去及び再発防止のための措置を求めることができる。

2前項の場合、甲は、秘密情報を用いて作成された物の廃棄及び乙が行った情報の発信の削除を求めることができる。

3乙は、本契約に違反して秘密情報を使用し、又は開示したときは、甲の営業上の利益が侵害され、又は侵害されるおそれがあることを認める。

4前三項の規定は、甲の損害賠償の請求を妨げない。

第1項はSNS運用代行のNDAの改訂版(第20条)の列挙、第2項・第3項は日本語教師講座の講師向けNDAの書き方をまとめたものです。

第1項のように、求められる措置を具体的に列挙しておくと、違反の場面で何を求めればよいかが明確になります。「差止めを請求できる」とだけ書くより、削除、回収、データの消去、再発防止の措置まで並べておく方が、相手も何をすればよいかが分かり、裁判の前の段階で解決しやすくなります。第3項は、違反によって営業上の利益が侵害され、又はそのおそれがあることを、受け取る側があらかじめ認める形です。不正競争防止法3条の差止めの要件の言葉に合わせた書き方で、差止めの必要を示す場面で、議論の出発点をそろえておく効果があります。

事故の報告:「直ちに」ではなく時間で決める

漏えいの報告の義務を「直ちに報告する」とだけ書くと、受け取る側は自分の判断で「直ちに」を解釈します。映像制作会社の基本契約のレビューでは、「直ちに」だけでは、個人情報保護委員会への報告の期限に間に合わないおそれがあるとして、24時間以内という具体的な期限を提案しました。事務所が作成した約40通のNDAの中にも、24時間以内の報告を求めるものが複数あります。

個人データの漏えいのうち、要配慮個人情報が含まれる場合など、規則で定める事態が生じたときは、個人情報取扱事業者は個人情報保護委員会に報告しなければなりません(個人情報の保護に関する法律26条1項、同法施行規則7条)。報告は、事態を知った後速やかに行い(同規則8条1項)、知った日から30日以内(不正の目的をもって行われたおそれのある行為による漏えい等は60日以内)に、所定の事項を報告します(同条2項)。委託を受けた者は、委託元に速やかに通知すれば、自らの報告に代えられます(同法26条1項ただし書、同規則9条)。出す側が委託元として報告の義務を果たすには、受け取る側からの通知が早く届くことが欠かせません。

事故の報告で受け取る側に知らせてもらう事項

NDAで求める報告事項の例規則で委員会への報告に求められる事項(施行規則8条1項)
漏えいの概要概要
漏えいした情報の種類・範囲漏えい等が発生し、又は発生したおそれがある個人データの項目、本人の数
原因原因
影響の範囲二次被害又はそのおそれの有無及びその内容
講じた措置・今後の対策本人への対応の実施状況、公表の実施状況、再発防止のための措置、その他参考となる事項

左の欄は、事務所の約40通のNDAに出てくる報告事項(概要・影響範囲・原因・対策)を整理したものです。個人データを扱わせる取引では、右の欄の事項を受け取る側から集められるよう、報告事項をそろえておくと、出す側の報告がしやすくなります。

条文例

第○条(事故の報告)

1乙は、秘密情報について漏えい、滅失、毀損その他の事故が生じ、又は生じたおそれがあることを知ったときは、知った時から24時間以内に、甲に対し、その概要を報告する。

2乙は、前項の報告の後、甲の求めに従い、事故の原因、影響の範囲、漏えいした情報の種類及び件数、講じた措置並びに再発防止策を、遅滞なく書面又は電磁的記録により報告し、甲の調査に協力する。

第1項で「おそれ」の段階から報告を求め、第2項で詳しい報告を分けているのは、最初の報告を早くするためです。全部が分かってから報告する運用では、24時間の期限は守れません。

報告を受けた出す側には、その後の対応が待っています。委員会への報告が必要な事態であれば、出す側は本人への通知もしなければなりません(個人情報の保護に関する法律26条2項)。本人への通知には、何の情報が、どの範囲で漏れたのかが分かっている必要があります。受け取る側からの第2段の報告で、漏えいした情報の種類と件数を必ず求めるのはそのためです。報告の義務は、受け取る側への制裁ではなく、出す側が自分の義務を果たすための情報の通り道として設計します。

報告の請求と監査:限定して置く

受け取る側の管理の状況を確かめる手段として、報告の請求や、立入調査(監査)の条を置くことがあります。SNS運用代行のNDAの改訂版(第13条)では、甲が乙に管理の状況の報告を求め、不備があれば是正の措置を求められる、と定めています。映像制作会社の基本契約でも、管理の状況・削除の状況の報告と資料の提出を求める権利を置きました(返還・廃棄・証明)。

立入調査の条は強い権利なので、置き方には工夫が要ります。制作会社どうしの相互NDAの書式には、相手方の事業所に立ち入って調査できる条項があり、事務所はそこに限定をかけるコメントを入れました。

事務所の改訂例 立入調査の条に限定をかける

調査ができる場面

改訂前甲は、いつでも乙の事業所に立ち入り、秘密情報の管理の状況を調査できる。(示された書式)
改訂後秘密保持の違反の疑いその他合理的な理由があるときに限る。

理由のない調査が繰り返されると、相手の業務を妨げ、関係を損なうため。

事前の手続

改訂前定めなし。
改訂後事前に十分協議し、少なくとも○営業日前に書面で通知する。

相手が準備でき、調査の範囲をめぐる行き違いを防ぐため。

調査の方法

改訂前定めなし。
改訂後相手方の通常の業務に支障のない範囲で行う。

調査が業務の停止につながらないようにするため。

相互型の書式では、自社が調査を受ける側にもなります。限定は、受け取る側のためだけでなく、自社を守るためのものでもあります。

相手方の書式の条項に限定をかけるコメントは、相手方と対立するためのものではなく、相手方がそのまま受け入れやすい修正にするための工夫でもあります。「立入調査の条を削除してほしい」と求めるより、「違反の疑いがあるときに限り、事前に通知して、業務に支障のない範囲で」と限定する方が、相手方の目的(管理の状況を確かめること)を損なわないので、合意に至りやすくなります。

出す側が一方的に作るNDAでも、立入調査の権利は「違反の疑いがあるとき」などの場面に限っておく方が、相手に受け入れられやすく、いざというときに権利を行使しやすくなります。日常の確認は報告の請求で行い、立入調査は最後の手段として位置づけると、条文の役割分担がはっきりします。

ヒヤリングで確かめること報告の請求・監査の条を決めるための問い

  1. 相手に預ける情報に、個人データは含まれますか含まれるなら、委託先の監督の手段として、管理の状況の報告を求める条を置きます。
  2. 相手の管理の状況を、どの頻度で確かめたいですか定期的に確かめたいなら報告の請求、違反の疑いがあるときだけなら立入調査、と使い分けます。
  3. 相互型のNDAで、自社も調査を受ける側になりますかなるなら、調査の場面・事前通知・業務への配慮の限定を、自社を守るためにも入れます。
  4. 調査の結果、不備が見つかったら何を求めますか是正の措置と、その完了の報告まで求められるようにします。

個人データの取扱いを委託する場合は、委託先の監督(個人情報の保護に関する法律25条)の手段としても、報告の請求の条は意味を持ちます。

不正競争防止法の営業秘密と、NDAの関係

不正競争防止法は、「営業秘密」を、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの、と定めています(同法2条6項)。一般に、秘密管理性・有用性・非公知性の三つの要件と呼ばれます。有用性は事業活動に役立つ情報であること、非公知性は刊行物に載っているなどして一般に入手できる状態にないことを指します。NDAで守る秘密情報の多くはこの二つを満たし得ますが、秘密管理性は、出す側が実際にどう管理していたかで決まるので、契約の書き方だけでは満たせません。営業秘密を不正に取得・使用・開示する行為などは、同法2条1項4号から10号までの不正競争に当たり、差止め(同法3条)や損害賠償(同法4条)の対象になります。この保護は、契約がなくても及びます。

NDAと不正競争防止法の営業秘密の違い

観点NDA(契約)不正競争防止法の営業秘密
守られる情報契約で定義した秘密情報(営業秘密に当たらない情報も含められる)三つの要件を満たす情報に限られる
相手契約の当事者(業務従事者・再委託先には契約で義務を及ぼす)契約の有無を問わない
期間契約で定めた存続期間要件を満たす限り
救済契約に定めた差止め・違約金・損害賠償差止め(3条)・損害賠償(4条)など
立証契約違反の事実営業秘密に当たること、不正競争に当たる行為

NDAとの関係で大切なのは、秘密管理性です。SNS運用代行会社に示した整備方針の提案書では、秘密管理性には、秘密であることを相手が認識できるような管理が必要で、NDAの締結や秘密の表示は、それを基礎づける事実の一つになる、と説明しました。経済産業省の「営業秘密管理指針」も、秘密として管理する意思が、具体的な措置によって従業員等に明確に示され、それを認識できることを求めています。

受け取る側の立場から作成したレビューでは、範囲を「一切の情報」のように広く定めると、何を秘密として管理しているのかが相手から見て曖昧になり、かえって秘密管理性を示しにくくなる、と指摘しています。対象を絞った方が、出す側が現実に保護を受けやすい、という考え方です。定義の広さと、営業秘密として守られるための管理は、別の問題として考える必要があります(表示方式か包括方式か)。

出す側として気をつけたいのは、外部とのNDAで秘密として扱わせている情報を、社内では誰でも自由に見られる状態に置いていないか、という点です。外部の相手には厳しい義務を課しながら、社内では管理していなければ、秘密として管理していたという主張は弱くなります。NDAで定めた秘密情報の類型と、社内での保管の場所やアクセスの範囲をそろえておくと、契約と管理の実態が一致し、いざというときに説明しやすくなります。

条文での不正競争防止法の扱い方

NDAの中で不正競争防止法に触れる書き方には、いくつかの型があります。一つは、契約が法律上の権利を狭めないことを確認する書き方です。日本語教師講座の講師向けNDA(第12条2項)では「本契約の規定は、不正競争防止法その他の法令に基づき甲が有する権利の行使を妨げない」と定めました。契約で差止めや賠償の範囲を定めると、それ以外の請求はできないと読まれるおそれがあるため、法律上の権利は別に残ることを明らかにしておくものです。

もう一つは、「営業秘密」を定義語として使い、存続期間の二段構えに使う書き方です。コーチング講座のNDAや、企業出張型のリラクゼーション事業のNDA、事務所の約40通の一部で、一般の秘密情報は年数で区切り、営業秘密は営業秘密でなくなるまで、としています(存続期間の設計)。

注意したいのは、契約で「この情報は営業秘密である」と合意しても、それだけで不正競争防止法の営業秘密になるわけではない、という点です。営業秘密に当たるかどうかは、三つの要件を満たすかどうかで決まり、当事者の合意では決まりません。契約では、営業秘密に当たるかどうかを問わずに守りたい情報を類型で定め、営業秘密に当たる情報には法律の保護も重ねて及ぶ、という整理にしておくと、争いの種を減らせます。

条文例

第○条(法令に基づく権利)

1本契約の規定は、不正競争防止法その他の法令に基づき甲が有する権利の行使を妨げない。

2本契約において「営業秘密」とは、不正競争防止法第2条第6項に定める営業秘密をいう。秘密情報が営業秘密に該当するか否かにかかわらず、乙は、本契約に従って秘密情報を取り扱う。

第2項の後段は、営業秘密に当たるかどうかの争いがあっても、契約上の義務は変わらないことを明らかにするための一文です。

受け取る側から見ると

差止め・報告・監査をめぐる、出す側と受け取る側の視点

出す側(開示者)の設計

  • 差止めで求められる措置を列挙し、営業上の利益の侵害のおそれを認める形にする。
  • 事故の報告は時間で決め、「おそれ」の段階から報告させる。
  • 立入調査は違反の疑いがある場面に限り、日常は報告の請求で確かめる。

受け取る側(受領者)の点検

  • 立入調査が「いつでも」できる書き方になっていないか、事前通知と業務への配慮があるかを見る。
  • 24時間以内の報告が、実際の体制で守れるかを確かめる。
  • 差止めの対象が、自分の正当な業務(実績の紹介など)まで及ばないかを見る。

起きがちなこと

よくあるご質問

NDAに差止めを書かなくても、違反を止められますか?

理屈の上では、秘密保持の義務に基づいて求めることができ、営業秘密に当たれば不正競争防止法3条による差止めも可能です。ただ、急いで止めたいときの仮処分では、契約に差止めを求める権利が明記されているかどうかで疎明のしやすさが大きく変わるので、求められる措置を列挙して書いておくのが安全です。

漏えいの報告は、いつまでにさせればよいですか?

「直ちに」ではなく、「知った時から24時間以内」のように時間で決めるのが基本です。事務所の書類にも24時間以内とするものが複数あります。最初は概要だけを報告させ、原因や影響の範囲は後から詳しく報告させる二段の形にすると、期限を守りやすくなります。

立入検査の条項は入れるべきですか?

入れる場合は、秘密保持の違反の疑いなど合理的な理由があるときに限り、事前の協議と書面での通知、通常の業務に支障のない範囲での実施、と限定をかけるのが基本です。日常の確認は、管理の状況の報告を求める条で行います。

NDAを結べば、営業秘密として守られますか?

自動的には守られません。営業秘密に当たるかどうかは、秘密管理性・有用性・非公知性の三つの要件で決まります。NDAの締結や秘密の表示は、秘密として管理していることを示す事実の一つになりますが、社内での管理の実態も必要です。

個人データが漏れたとき、相手から何を報告してもらえばよいですか?

概要、漏えいした情報の項目と本人の数、原因、二次被害のおそれ、講じた措置と再発防止策などです。個人情報保護委員会への報告に必要な事項(施行規則8条1項)とそろえておくと、出す側の報告がしやすくなります。

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