M&Aの検討段階の秘密保持契約書:何を、誰に、どの段階で見せるか

決算書、名簿、従業員の情報を買い手に見せる前に結ぶ最初の書面です。表示方式、個人情報、開示先、打切り後の出口を、売り手の側から設計します。

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「秘密」と表示した資料だけが対象のNDAで調査を進めたところ、データルームの資料の多くに表示が付いていなかった。M&Aでは、こうしたことが起こり得ます。

このページの要点

  • 資料の数が多いM&Aの調査では、「秘密」表示の要件は付け忘れを招く。開示資料の目録やデータルームの資料を、表示の有無を問わず秘密情報にする。
  • 入居者・家族・従業員の個人データは、事業の承継に伴う提供の整理(個人情報保護法27条5項2号)を前提に、段階ごとに仮の番号や集計から見せ、取扱いの条件を契約で定める。
  • アドバイザー・金融機関・調査会社への開示は、個別承諾か属性による包括承諾かを選び、開示先に同等の義務を課し、受け取る側が責任を負う。
  • 有効期間は自動更新に任せず、打切り時の返還・消去と勧誘の禁止を決める。独占交渉や競業の避止は基本合意書に置き、NDAと混ぜない。

結論:M&Aの検討段階のNDAは、「誰に、どの段階で、何を見せるか」を決めるための契約

事業譲渡や株式譲渡を検討する段階では、売り手は、決算書、顧客や入居者の名簿、従業員の情報、契約書、行政への対応の履歴といった、事業の中身そのものを買い手に見せることになります。これらは、取引が成立しなければ、買い手の手元に何も残らないはずの情報です。そして、この情報が検討の段階で外に漏れると、従業員は動揺し、取引先は離れ、入居者や家族は不安になります。NDAは、売り手が情報を出す前に結ぶ最初の書面で、ここでの設計が、その後の調査から最終契約までの土台になります。

先に、このページの書き分けを示します。事務所の書類として紹介するのは、有料老人ホーム事業の譲渡に向けた秘密情報等保持契約書と基本合意書の確認結果の報告、介護事業の買収に係る株式譲渡基本合意書のリーガルチェックの二件です。どちらも、事業や株式を取得する側の依頼者が、示された書面を確かめるものでした。このページが主な視点とする「出す側(売り手)が作るNDA」の設計は、この二件が指摘した論点を、出す側から読み直したものと、一般的な進め方、個人情報保護法の条文とガイドラインの記述を組み合わせて書いています。一般的な進め方と書いた部分は、事務所の書類にあることではありません。

検討段階の一般的な流れと、NDAの位置

相談・打診概要を伝える。相手を特定される情報は伏せる
NDAの締結ここから決算書などを出す
基本合意書検討の方向と、独占交渉などを確認
調査(デューデリジェンス)財務・契約・従業員・許認可を調べる
最終契約譲渡契約を結び、実行する

事務所が確認した事業譲渡の書面は、この流れの「NDA」と「基本合意書」にあたるものでした。調査の段階で渡す情報が最も深くなるので、NDAはその前に結びます。

結論を五つ挙げます。

  1. 「秘密」の表示がある資料だけを対象にする方式は、調査の段階で資料が増えるM&Aでは、表示漏れが生じやすい。開示資料の目録や、買い手に資料を閲覧させる電子的な閲覧領域(データルーム)に載せた情報を、表示の有無を問わず秘密情報にする。
  2. 入居者・家族・従業員の情報は、個人情報保護法の定めを前提に、見せる段階と形を絞る。個人を特定できない形で足りる段階では、特定できない形で渡す。
  3. アドバイザー、金融機関、調査会社への開示は、承諾制か、属性による包括承諾かを決め、開示先の名簿と責任を明確にする。
  4. NDAの期間は、自動更新に任せず、交渉が打ち切られたときの返還・消去と、勧誘の禁止を決めておく。
  5. NDAと基本合意書は役割が違う。情報の取扱いはNDA、独占交渉、調査への協力、行為の制限、競業の避止は基本合意書に置き、互いに混ぜない。

なお、規模の小さな事業の引継ぎについては、中小企業庁が「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月)を公表しています。このページは、同ガイドラインの内容を解説するものではなく、NDAの条文の設計に絞っています。

「秘密」表示のある資料に限る方式の落とし穴

有料老人ホーム事業の譲渡に向けた秘密情報等保持契約書の確認では、秘密情報の定義に注目しました。この書面は、秘密情報を、営業上・技術上・財産上の情報のうち秘密とされるべきものとしつつ、秘密情報として扱われるためには、①資料に「秘密」「機密」「Confidential」などの表示がある、または、②口頭で秘密であることを伝え、後日文書で内容を確認した、のいずれかを満たす必要がある、という二つの要件を置いていました。確認結果の報告では、秘密表示のない資料は、契約上は秘密情報として扱われない可能性があること、実務上大きな問題になる例は多くないが、重要な資料を渡すときは、「秘密」や「Confidential」の表示を付けておくことが望ましいことを伝えています。

この指摘を、出す側の立場から読み直すと、もう一歩踏み込んだ設計が必要です。M&Aの調査では、売り手が提供する資料の数が多く、決算書、試算表、契約書、台帳、名簿、図面、行政への届出の控えと、種類もさまざまです。資料の一つ一つに表示を付ける運用は、現実には回らず、付け忘れが起きます。表示がなかった資料が、後に買い手の手元から漏れたとき、表示方式のNDAでは、その資料が秘密情報だったと言いにくくなります。表示方式のリスクの一般論は秘密情報の定義:表示方式か包括方式かに書きました。

ここでの現実的な設計は、三つあります。

検討段階の秘密情報の定義:三つの設計上ほど強く縛る書き方

  1. 包括型開示の方法や表示の有無を問わず、売り手が買い手に開示し、または買い手が知り得た非公開の情報を、すべて秘密情報とする。除外事由で範囲を画す。資料の種類が多く、口頭の説明や現地の見学も多い場面
  2. 目録・データルーム型売り手が作る開示資料の目録、または買い手に閲覧させるデータルームに載せた情報は、表示の有無を問わず秘密情報とする。目録に載らない口頭の情報は告知で足りるとする。資料を整理して出せる売り手。後から範囲を確かめられるようにしたい場面
  3. 表示方式を残す表示または告知のあった情報だけを秘密情報とする。表示の付け方(ファイル名、フォルダ名、データルームの案内)を決め、付け忘れた資料を補う手続も書く。相手方の書式を使うなど、表示方式を変えにくい場面
条文例

第○条(秘密情報)

1本契約において「秘密情報」とは、甲が乙に対し、書面、電磁的記録、口頭、現地における見学その他の方法により開示し、又は乙が検討に関連して知り得た、甲及び甲の事業に関する非公開の情報をいう。

2前項の秘密情報には、甲が乙に開示する資料の目録(以下「開示資料目録」という。)に記載された資料、及び甲が乙に閲覧させるために設置した電子的な閲覧領域に格納された資料を含み、これらは、秘密である旨の表示の有無を問わず、秘密情報とする。

3秘密情報には、本契約の存在及び内容、甲と乙が本取引について検討していること及びその経過並びに乙が作成した秘密情報の分析結果その他の資料を含む。

目録・データルーム型の考え方を、条文の形にまとめた一例です。事務所が確認した書面の定義を出す側から組み直したもので、表示の運用が難しい売り手を想定しています。

第3項の「検討していること及びその経過」は、M&Aでは特に重要です。事業を売却する検討をしている事実が先に漏れると、従業員が不安になって離職したり、取引先が契約を見直したりします。NDAの存在そのものを秘密情報に含める考え方は業種の言葉で列挙するに書きました。買い手の側から見れば、こうした定義の広がりは、売り手に求められやすい点です。

表示の要件をどう扱うか

出す側(開示者)の設計

  • 表示に頼らない定義にし、開示資料目録またはデータルームを秘密情報の範囲の基準にする。
  • 口頭の面談や現地の見学で聞いた情報も、告知で足りるとし、書面化は補充にとどめる。
  • 検討していること自体、条件、買い手の名称を秘密情報に含める。

受け取る側(受領者)の点検

  • 表示がなかった資料が、秘密情報として扱われるかを、条文から読み取れるか確かめる。
  • 表示の付け忘れを、後から補う手続(通知の期限など)があるかを確かめる。
  • 検討の事実を、自社の取締役や出資者、融資元に伝えてよいかを確認する。

入居者・家族・従業員の情報を見せるとき:個人情報保護法の整理

有料老人ホームの事業の譲渡では、入居者の情報、家族の情報、従業員の情報が、調査で見たい資料の中心になります。確認した秘密情報等保持契約書は、秘密情報とは別に個人情報を定義しており、氏名、生年月日、識別番号、画像、音声など、個人を特定できる情報を含むものとして書かれていました。確認結果の報告では、これは個人情報保護法の定義とほぼ同様で、特に問題はない、と伝えています。

ここで、売り手が気にするのは、買い手に個人データを渡すことが、本人の同意なしに許されるのか、という点です。個人情報保護法27条1項は、あらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供することを、原則として禁止しています。ただし、合併その他の事由による事業の承継に伴って個人データが提供される場合は、提供を受ける者は第三者に該当しません(同条5項2号)。個人情報保護委員会のガイドライン(通則編)3-6-3の(2)は、事業の承継のための契約を締結するより前の交渉の段階で、相手の会社から自社の調査を受け、自社の個人データを相手の会社に提供する場合も、この号に該当し、あらかじめ本人の同意を得ることなく提供できる、としています。ただし、そのときは、個人データの利用目的と取扱方法、漏えい等が発生した場合の措置、事業承継の交渉が不調になった場合の措置など、相手の会社に安全管理措置を守らせるために必要な契約を結ぶ必要がある、と書かれています。

入居者の心身の状況に関する記録のように、病歴などが含まれる情報は、要配慮個人情報(同法2条3項)に当たることがあります。要配慮個人情報は、原則として本人の同意なしに取得できませんが(20条2項)、その例外は政令に定められており、27条5項各号に掲げる場合に個人データである要配慮個人情報の提供を受けるときは、同意がなくても取得できます(20条2項8号、同法施行令9条2号)。記録のどの項目が要配慮個人情報に当たるかは、記載されている内容によって決まるため、調査に出す資料の項目を、事前に仕分けておく必要があります。

もう一つ注意が要るのは、取引の形です。同号は「合併その他の事由による事業の承継に伴って」と書いており、ガイドラインの記述も事業の承継を想定しています。株式を買う形の取引で、調査の段階に個人データを見せる場合、同号に当たるかどうかは、取引の形に即して整理する必要があります。そこで、法律上同意が不要と整理できるかどうかに頼る前に、そもそも個人を特定できる形で渡す必要があるのかを、段階ごとに見直します。

調査の段階に応じた個人情報の開示の深さ(一般的な設計の一例)

段階入居者・家族従業員
打診・NDA締結前渡さない。入居者の人数、要介護度の分布など、集計値だけを出す渡さない。職種別の人数だけを出す
基本合意の前後氏名を伏せた一覧(仮の番号を付ける)。属性の分布と、契約形態の別を示す氏名を伏せ、職種、勤続年数、給与の水準の幅を示す
調査の後期必要な範囲に限り、個別の契約書や記録を、閲覧領域で見せる。ダウンロード・撮影を禁止する必要な範囲に限り、雇用条件の資料を見せる。閲覧のみとする
最終契約の前後引継ぎに必要な情報を、利用目的を限って渡す引継ぎに必要な情報を、利用目的を限って渡す

この表は一般的な設計の一例で、事務所の書類にある内容ではありません。段階ごとに「個人を特定する必要があるか」を問い直すことで、漏えいの影響を小さくできます。

条文例

第○条(個人データの取扱い)

1甲が乙に開示する秘密情報に個人データが含まれるときは、乙は、これを、本取引の可否を判断するための調査の目的に限って取り扱い、他の目的に利用してはならない。

2乙は、前項の個人データを、閲覧する者を必要な者に限定し、複製、持出し、撮影及び電子的な送信をしてはならない。ただし、甲が書面で認めた場合は、この限りでない。

3乙は、個人データの漏えい、滅失又は毀損が生じ、又はそのおそれがあることを知ったときは、直ちに甲に通知し、甲の指示に従って、被害の拡大の防止その他必要な措置を講じる。

4本取引の交渉が成立しなかったときは、乙は、甲の指示に従い、個人データ及びその複製物を直ちに返却し、又は消去し、その旨を書面で報告する。

ガイドラインが求める契約の事項(利用目的、取扱方法、漏えい等の措置、交渉が不調となった場合の措置)を、条文の形にまとめた一例です。個人情報の取扱いに関する別の覚書の設計は、NDAとは別に結ぶ個人情報の取扱いに関する覚書で書いています。

従業員の情報も、同じく個人データです。従業員の人数、給与の水準、勤続年数、雇用契約の内容は、買い手が人件費の負担を見積もるために必ず見たい資料です。確認結果の報告も、従業員の扱いを確かめるために、これらの項目の確認を勧めています。売り手は、これらを一覧で渡すのではなく、まず水準の幅や職種別の集計で渡し、個別の雇用条件は、最終の段階に絞って見せるのが無理がありません。

アドバイザー・金融機関・調査会社への開示と、再委託の承諾

確認した秘密情報等保持契約書は、秘密情報を扱う業務を、相手方の承諾なく第三者に再委託することを禁じていました。確認結果の報告は、外部のコンサルタント、調査会社、アドバイザーに情報を提供する場合に、事前に相手方の承諾が必要になる点を、買い手の立場で伝えています。M&Aの買い手は、弁護士、会計士、仲介者やフィナンシャル・アドバイザー、調査会社に情報を見せる必要が出ることが多くあります。事業譲渡の基本合意書には、金融機関からの融資が成立した場合に契約が成立するという特約もあり、融資を受ける買い手が金融機関に情報を見せる場面も想定されます。

売り手の側から見れば、開示先が増えるほど、情報の行き先は見えなくなります。逆に、買い手の側から見れば、都度の承諾が必要な書面では、調査のスケジュールが止まります。この対立は、開示先の整理で解きます。

開示先の管理の強さ上ほど強く縛る書き方

  1. 開示先の名簿の提出と、個別の承諾アドバイザーや金融機関に開示する前に、名称と開示する範囲を通知し、売り手の書面による承諾を得る。競合関係にある買い手候補、または機微な情報を扱う段階
  2. 属性による包括承諾と、名簿の事後提出弁護士や会計士のように、法令または契約により守秘義務を負う専門家、貸し手となる金融機関といった属性を、あらかじめ承諾の対象にする。開示した先の名簿は、売り手の求めに応じて示す。調査を急ぐ場面。買い手が信頼できる相手の場面
  3. 制限を置かない知る必要がある者への開示を認めるが、開示先の行為について買い手が責任を負う、とだけ書く。規模の小さな取引で、売り手が出す情報が限られる場面

どの段階を選ぶ場合でも、開示先に同等の義務を負わせ、その行為について受け取る側が責任を負うことは、条文に残します。弁護士や会計士は、法令上の守秘義務を負うことが多いですが、仲介者や調査会社、金融機関の担当者が同じ義務を負うとは限らないため、契約または誓約書で同等の義務を課します。再委託と第三者への開示をつなげる書き方は目的外利用と開示の範囲で書いた考え方と同じです。

買い手が競合する事業者であるときは、情報の出し方そのものを、段階ごとに変えます。取引先の名称や単価のような、競争上敏感な情報は、基本合意の後、調査の後期まで出さない、あるいは、特定の担当者に限って見せる、といった運用です。これは一般的な進め方で、事務所の書類にある条ではありません。それでも、NDAには、買い手が売り手の情報を自社の事業のために使うことを禁じる目的外利用の禁止を置くことが基本です。営業秘密を保有する事業者から示された営業秘密を、不正の利益を得る目的、または保有者に損害を加える目的で使用し、開示する行為は、不正競争に当たります(不正競争防止法2条1項7号)。営業秘密は、秘密として管理されている事業活動に有用な情報で、公然と知られていないものです(同条6項)。侵害されるおそれのあるときは、差止めを請求できます(同法3条)。ただし、秘密として管理されていることが前提になるため、NDAと表示、アクセスの制限によって、秘密管理の事実を整えておくことが、売り手自身の備えになります(差止め・事故報告と営業秘密)。

有効期間・自動更新と、交渉が打ち切られたときの返還・消去

確認した書面の有効期間は、締結の日から1年で、満了の1か月前までに終了の意思表示がなければ、さらに1年自動更新される仕組みでした。確認結果の報告は、秘密保持契約としては一般的な内容で、大きな問題はない、と伝えています。返還・消去の条は、相手方から求められた場合、業務が終了した場合、契約が終了した場合に、秘密情報を返還または消去する、という内容でした。事故の条は、情報の漏えいや紛失の事故が起きたとき、受け取った側が責任を負い、直ちに相手方に報告して、被害の拡大を防ぐ措置をとる、という内容です。賠償は、直接かつ通常の損害で、賠償額の上限は定められていません。

この構成を、検討段階のM&Aの出す側から見ると、不足しやすい点が三つあります。

一つ目は、交渉が打ち切られたときの出口です。M&Aの検討は、成立しないことも多い取引です。打ち切りが決まった時点で、買い手の手元には、売り手の決算書、名簿、契約書だけでなく、買い手自身が作った分析資料、試算、メモが残ります。返還・消去の条では、「書面で打切りを通知した日から○日以内」のように期限を決め、買い手が作った分析資料や、電子的に複製したものも対象に含めます。バックアップや、社内の規程で消去できない記録は、例外にしてよいが、その間も秘密保持を続けると書きます。完了は、書面で報告させます(返還・廃棄・証明)。

交渉の打切りから完了までの流れ(一般的な設計の一例)

時点やること期限の置き方
打切りの通知いずれかが書面または電子メールで通知する。理由を示す義務は置かない通知の到達日を基準日にする
返還・消去秘密情報、複製物、買い手が作成した分析資料を、返還または消去する基準日から14日程度など、短い日数で決める
例外の保持法令上の保存義務のあるもの、バックアップ上、技術的に直ちに消去できないものは、保持できる。その間も秘密保持を続ける保持できる範囲と、保持する理由を書面で売り手に通知させる
完了の報告返還・消去した範囲、方法、日付、責任者を、書面で報告する消去の完了から7日以内など
検討の事実の扱い検討していたこと自体も、秘密情報として存続させる存続期間の定めに従う

二つ目は、自動更新との相性です。検討の段階のNDAの有効期間は、検討の期間に近い短い期間にし、満了後も秘密保持は存続させる、という二段にするほうが、義務がいつ終わるのかが明確になります。「1年ごとの自動更新」は、更新を止める手続を忘れると、義務が続く期間が読めなくなります。一般の情報は年数で区切り、守り続けたい情報だけを期限なしにする考え方は存続期間の設計に書きました。M&Aでは、入居者や従業員の個人情報、顧客の情報は期限なしにし、決算書のように時間がたてば価値の下がる情報は、数年で区切る組合せが考えられます。

三つ目は、従業員や入居者への勧誘の禁止です。交渉が打ち切られたあと、買い手候補が、調査で知った従業員に声をかけたり、入居者の家族に営業をかけたりする行為は、売り手にとって大きな損害になります。一定の期間、検討で知った従業員への勧誘、入居者や取引先への営業を禁じる条は、M&Aの秘密保持契約で置かれることのある条です。ただし、期間や範囲が広すぎると、過大な制限と評価されるおそれがあるため、期間を限り、対象を検討で知った人に絞ります。

賠償の条は、「直接かつ通常の損害」に限り、上限を置かない書き方が、確認した書面にありました。出す側にとっては、上限がないことは安心ですが、損害の立証は残ります。違約金を置く設計と置かない設計の比べ方は損害賠償・違約金・上限にあります。

NDAと基本合意書の役割分担

NDAの次に結ぶのが、基本合意書です。確認結果の報告は、事業譲渡の一般的な流れを、①基本合意書の締結、②事業内容の調査、③最終契約書の締結、④事業譲渡の実行、と整理しました。介護事業の買収に係る株式譲渡基本合意書のリーガルチェックでは、基本合意書の条文ごとに、次の論点が挙がりました。

  • 誠実交渉義務:「誠実に努力する」という文言は、信義則(民法1条2項)と結びつき、単なる努力義務にとどまらず、一方的な交渉からの離脱が損害賠償の根拠とされる余地がある。
  • 拘束する条項と、しない条項の切り分け:「最終契約は強制されない」としながら、独占交渉や行為の制限は厳格に課されていて、どこまでが法的義務か不明確。
  • 独占交渉:違反したときの効果(違約金、解除、賠償)が定められておらず、書いてあっても守らせる手段がない。
  • 調査(デューデリジェンス):調査する権利だけを定め、調査の結果を価格や解除にどう反映するかの設計がない。
  • 現状の維持:財産状態や損益状況を「大幅」に変化させない、と書かれているが、「大幅」が定義されていない。
  • 買収後の規律:競業避止、キーマンの関与、引継ぎの具体的内容が欠けている。

これらは基本合意書の論点ですが、NDAとの境目を決める材料にもなります。NDAが定めるのは、情報をどう扱うかです。独占交渉、調査への協力、行為の制限、費用の負担、競業の避止は、取引の枠組みの問題で、基本合意書に置きます。両方に同じ事項を置くと、二つの書面の優先関係が問題になります。

NDAと基本合意書の役割

項目NDA基本合意書
目的検討のために開示する情報を、守り、目的外に使わせない取引の大枠と、最終契約までの進め方を確認する
主な内容秘密情報の定義、管理、開示先、返還・消去、存続、救済価格の意向、独占交渉、調査への協力、現状の維持、費用の負担、解除
拘束力全体が拘束力を持つ拘束する条項と、拘束しない条項を分けて書く
交渉が不成立のとき秘密保持、返還・消去、勧誘の禁止が残る独占交渉は終了。誠実交渉義務の範囲に争いが残り得る
置かないもの競業の避止、独占交渉、価格の調整秘密情報の細目(NDAに委ねる)

基本合意書に秘密保持の条を入れるときは、NDAとの関係を条文に書きます。「基本合意書の秘密保持は、先に結んだNDAを置き換えるのか、NDAに加えて重ねて適用するのか、抵触するときはどちらを優先するのか」を決める書き方は、NDAを結ぶ形の優先関係の整理が参考になります。

競業の避止は、基本合意書や最終契約の領分ですが、法定の定めとも関わります。事業を譲渡した会社(譲渡会社)は、当事者に別段の意思表示がない限り、同一の市町村の区域内と、これに隣接する市町村の区域内で、事業を譲渡した日から20年間は、同一の事業を行ってはならない、と会社法21条1項が定めています。特約を置く場合の期間の上限は、30年です(同条2項)。この定めは事業を譲渡する取引についてのもので、株式を譲渡する取引にそのまま当てはまるものではありません。確認した事業譲渡の基本合意書は、譲渡後3年間は同一または類似の事業を行わないと定めており、当事者が期間を自分たちで決めた例です。NDAに競業の避止を混ぜず、基本合意書か最終契約で、範囲と期間を決めます。

最後に、書面の細部の点検は、NDAでも基本合意書でも必要です。確認した事業譲渡の基本合意書の原案には、譲渡価格が桁違いの金額に読める表記になっていました。誤記と見られるため、先方に確認して訂正する必要がある、と報告しています。金額や期間のような単純な数字の誤りが、検討の段階の書面に混じりやすい、という教訓でもあります。

ヒヤリングで確かめること検討段階のNDAを作る前に

  1. 売るのは事業か、株式か。買い手の候補は競合する事業者ですか。個人データの提供の整理と、段階ごとの開示の深さ、競合する買い手への情報の出し方が変わります。
  2. 調査で見せる資料は、どんな種類で、何点ほどありますか。電子的な閲覧領域を使いますか。目録・データルーム型の定義にできるか、表示方式を残さざるを得ないかが決まります。
  3. 入居者・家族・従業員の情報を、どの段階で、どの形で見せますか。仮の番号や集計での開示が可能かが決まり、個人データの取扱いの条の厚さが決まります。
  4. 買い手が助言を受けるアドバイザーや、融資を受ける金融機関はありますか。開示先の管理を、個別承諾にするか、属性での包括承諾にするかが決まります。
  5. 検討の事実を知っている人は誰ですか。従業員や取引先にはいつ伝えますか。検討していること自体を秘密にする範囲と、勧誘の禁止の対象が決まります。

起きがちなこと

よくあるご質問

M&Aの検討段階のNDAは、いつ結べばよいですか?

売り手が、決算書、名簿、契約書など、事業の中身が分かる情報を出す前に結びます。相手を特定できない形の概要を伝える相談の段階を過ぎ、具体的な資料を見せる段階に入る前が目安です。

「秘密」と表示した資料だけを対象にするNDAで、問題はありませんか?

M&Aの調査では資料の数が多く、表示の付け忘れが起きやすいため、表示のない資料は秘密情報として扱われない可能性があります。開示資料の目録やデータルームに載せた情報は、表示の有無を問わず秘密情報とする書き方にすると、範囲を後から確かめられます。

入居者や従業員の情報を買い手に見せるとき、本人の同意は必要ですか?

合併その他の事由による事業の承継に伴って個人データが提供される場合、提供を受ける者は第三者に当たらないとされています(個人情報保護法27条5項2号)。ガイドラインは、承継の契約より前の交渉段階の調査でも同じ扱いになる一方、利用目的や取扱方法、漏えい等の措置、交渉が不調になった場合の措置を契約で取り決めるべきとしています。株式を買う形の取引では取引の形に即した整理が必要なので、個人を特定できない形での開示から始めるのが無理がありません。

買い手が弁護士や金融機関に資料を見せたいと言ってきたら、どう扱えばよいですか?

開示先の範囲をあらかじめ書いておきます。法令や契約で守秘義務を負う専門家や、貸し手となる金融機関といった属性を包括的に承諾の対象とし、開示した先の名簿を求めに応じて示させる書き方や、機微な段階では個別の承諾制にする書き方があります。どちらでも、開示先に同等の義務を課し、その行為について受け取る側が責任を負うと書きます。

NDAと基本合意書に、同じ秘密保持の条を置いてもよいですか?

置くなら、二つの書面の関係(置き換え、重ねて適用、抵触するときの優先)を書いておきます。基本的には、情報の取扱いはNDAに任せ、基本合意書には独占交渉、調査への協力、現状の維持、競業の避止など、取引の枠組みを置いて、役割を分けるのが安全です。

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