このページの要点
- NDAを結べない相手には、見せる情報を段階に分ける。概要、事業の骨格、数字、顧客・取引先・個人データの順に開き、最後の層は意向表明の後まで出さない。
- 秘密情報は、表示の有無ではなく、事業計画・財務・資金調達をしている事実と条件、投資家が作った分析資料まで含めて定義する。
- 投資家が似た会社に投資する自由と、情報を使わない義務は両立させる。投資を禁じるのではなく、流用の禁止、担当者の遮断、独自開発の立証で歯止めをかける。
- 不成立の出口と、出資契約への引継ぎを決める。違約金は、件数の数え方、出資額、実損との釣り合いを見て設計する。
結論:投資家に見せるのは「順番」の設計。NDAはその一部です
資金調達の場面では、事業計画、決算書や試算表、月ごとの売上の推移、顧客や取引先の状況、株主の構成といった、会社の中身そのものを、投資家や出資を検討する相手に見せることになります。守りたいものは二つあります。一つは情報そのもの、もう一つは「いま資金を集めている」という事実です。調達の動きが先に取引先や従業員に伝わると、資金繰りに不安があるのではないかと受け止められることがあります。
このページの視点は、資金を受け入れる側(調達する会社や個人事業主)が作るNDAの設計です。想定する相手は、ベンチャーキャピタル(成長企業に出資する専門の投資会社)のような投資家、事業会社、個人の出資者(いわゆるエンジェル)、出資を検討する取引先などです。事業や株式を丸ごと譲る検討の段階は、情報の出し方がまた違うため、M&Aの検討段階のNDAで扱っています。
結論は五つです。
- NDAを結べるかどうかは相手の方針で決まります。結べないと言われても、見せる情報を段階に分ければ、守るべき情報は守れます。
- 結ぶ場合の秘密情報の定義は、資料に付いた表示に頼らず、事業計画・財務・資金調達をしている事実と条件・交渉の経過、投資家が作った分析資料まで含めます。
- 複数の会社に投資する投資家は多く、似た会社への投資まで禁じる書き方は現実的ではありません。投資は妨げず、秘密情報の流用を止める歯止めを置きます。
- 投資委員会、運営するファンド(投資家から資金を集めて投資する仕組み)の出資者、専門家、仲介者への開示は、範囲を絞り、開示先に同等の義務を負わせます。
- 不成立のときの返還・消去と期間を決め、出資契約に進むときは、その秘密保持と報告義務へ引き継ぎます。違約金は出資額や実損との釣り合いで設計します。
資金調達の一般的な流れと、情報を開く深さ
意向表明書とは、投資家が「この条件で投資を検討したい」と示す書面で、ターム・シートとも呼ばれます。調査(デューデリジェンス)は、投資する前に、契約・財務・従業員・法務の状況を調べる手続です。意向表明書に置かれる、他の投資家と交渉しないという約束(排他的な交渉)や費用の負担は、NDAに混ぜず、意向表明書の側に置くのが基本です。
NDAを結んでほしいと伝えて断られたら、事業計画は見せてはいけないのですか?
見せてはいけない、ということにはなりません。ただし、断られた相手には、見せる中身と順番を変えます。
前提として、契約を結ぶかどうかは当事者の自由です。民法521条1項は、法令に特別の定めがある場合を除き、何人も、契約をするかどうかを自由に決定することができると定めています。投資家にNDAを結ぶ義務がないのと同じく、調達する側にも、NDAなしで資料を渡す義務はありません。投資家の側が、案件ごとのNDAには応じない方針を示すことも、あり得ます。
NDAなしで見せるときの三つの守り方
一つ目は、情報を段階に分けることです。表は各段階の一例です。
段階ごとに見せる内容の一例(NDAなしで出せる範囲と、NDAを求める範囲)
| 段階 | 見せる内容 | NDAとの関係 | 出し方 |
|---|---|---|---|
| 1 打診 | 会社の概要、解決する課題、事業の骨格、公開済みの実績 | 不要なことが多い。公開してよい範囲に限る | 社名や取引先名を伏せられる資料にする。数字は桁や幅で示す |
| 2 面談・ピッチ | 事業計画の骨格、主要な指標(KPI=売上や会員数のような、事業の進み具合を測る数字)の推移、調達額の目安 | 結べるなら結ぶ。結べない相手には、ここを上限にする | 資料は画面共有で見せ、送付は要約版にする |
| 3 詳細な開示 | 月次の売上・費用、詳細な事業計画、資金の使い道、株主の構成と調達後の変化 | NDA、または守秘の定めのある相手の書式を求める | 共有場所(データルーム)で閲覧のみにする。ダウンロードを制限する |
| 4 調査 | 顧客・取引先の名称と契約、従業員、個人データを含む資料、契約書の原本 | 意向表明書の後。NDAに加え、調査用の取り決めで範囲を絞る | 必要な範囲に限って閲覧のみ。個人データは集計や匿名化した形から |
データルームとは、投資家に資料を見せるために設ける、アクセスできる人を限った電子的な共有場所です。NDAを結べない相手には段階3以降を出さない、という線を先に決めておくと、面談の場で迷いません。
二つ目は、秘密として扱っていることを残すことです。不正競争防止法は、営業秘密を、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものと定義しています(2条6項)。営業秘密を保有する事業者からその営業秘密を示された者が、不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、使用し、又は開示する行為は不正競争とされ(2条1項7号)、侵害の停止または予防の請求(3条1項)や損害賠償の請求(4条)の根拠になります。
ただし、秘密として管理されていることが前提で、使用や開示にも不正の利益を得る目的などの要件が必要です。NDAがなければ当然に無保護になるわけではありませんが、「秘密として示した」ことと「その目的」を後から示すのは容易ではありません。社外秘の表示、閲覧のみの共有、宛先の限定、いつ誰に何を見せたかの記録が、材料になります。
三つ目は、相手の書式を点検して使うことです。投資家の側に守秘の定めを含む書式があるときは、定義・期間・開示先を点検して受け入れるほうが現実的なことがあります。相手の書式では、投資家が負う守秘義務が書かれていないこともあるため、次の節以降の視点で読み直します。結ぶ形の選び方はNDAをどの形で結ぶかに書きました。
財務・事業計画の開示範囲:見せる情報を三つに仕分ける
見せる情報は、「A 最初から見せてよいもの」「B NDAのもとで見せるもの」「C 見せ方を変える、または最後まで見せないもの」の三つに仕分けます。AとBの境目は、外に出たときに競合や取引先に利用されて不利益が生じるかどうかです。Cになるのは、他人の権利が絡む情報、つまり個人データや、取引先・既存の出資者との契約で守秘義務のある情報です。
開示する情報の仕分けの一例
| 情報 | 投資家が見たい理由 | 見せ方の一例 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 売上・費用の月次推移 | 収益の実績と、費用の構造を見るため | NDAの後。まず幅や比率、最後に確定した数値(B) | 試算表と決算書で数字が異なるときは、理由を説明できるようにする |
| 事業計画・資金の使い道・資本政策(誰が株をどれだけ持ち、今回の調達でどう変わるか) | 投資条件を判断するため | NDAの後(B) | 他の投資家との交渉状況は、相手ごとに出し分ける |
| 顧客・取引先の名称、単価、契約の条件 | 売上の質と、特定の取引先への依存を見るため | 名称を伏せた形から。名称は意向表明の後(B→C) | 取引先との契約に守秘義務がないかを先に確認する |
| 製法・仕様・システム構成などのノウハウ | 他社が真似しにくいかを見るため | 要点のみ。詳細は閲覧に限る(B→C) | 試作品や設計図の写しは渡さない |
| 顧客名簿・会員データ | 顧客基盤が実在するかを見るため | 件数・属性別の集計(B)。名簿そのものは原則出さない(C) | 個人情報保護法の第三者提供の制限がある |
| 他の投資家・金融機関との条件 | 資本政策と、優先関係を見るため | 条件の要点(B)。契約書そのものは出さない(C) | 先方との契約に守秘条項がないかを確認する |
顧客名簿・会員データ:件数と属性の集計で足りないか
投資家は、顧客基盤が実在するかを知るために、会員データそのものを求めることがあります。個人情報保護法は、個人情報を、生存する個人に関する情報で、氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別できるもの(他の情報と容易に照合でき、それにより特定の個人を識別できることとなるものを含む)としています(2条1項)。氏名を消して会員番号だけにしても、会社の手元の別の台帳と照合すれば誰か分かる状態のものは、なお個人情報として扱われ得ます。
個人データを第三者に提供するには、法令に基づく場合などの例外を除き、あらかじめ本人の同意が必要です(27条1項)。個人データの提供を受ける者が第三者に当たらない場合の一つに、「合併その他の事由による事業の承継に伴って個人データが提供される場合」があります(27条5項2号)が、これは事業の承継に伴う提供の定めです。資金を受け入れるかどうかを検討してもらうための開示が、当然にこの号に当たるとは限りません。
この段階では、会員数、居住地域の分布、年代の構成、継続率、客単価のような、個人を識別できない集計で足りるように資料を作ります。名簿そのものは、出さない、または必要が出たときに範囲と方法を絞って閲覧に限る、という順です。個人データを渡す場合の取扱いの取り決めは、個人情報の取扱いに関する覚書の書き方で扱っています。
なお、取引先、既存の出資者、金融機関との契約に、条件や契約の存在を明かさない旨の定めがあると、投資家に契約書を見せること自体が自社の義務違反になり得ます。見せてよいかは先に契約書で確かめ、見せられないときは、名称を伏せて要約するか、相手方の承諾を得てから出します。
数字は、決算書の数字、試算表の数字、事業計画の予測で性質が違うため、資料の中で実績と予測の別を書き、予測の保証をしない旨はNDAでも確認します(次の節の条文例の第4項)。
秘密情報の定義:事業計画だけでなく、調達の事実・条件・投資家が作った分析まで
定義に入れておきたいものは、次の五つです。
- 表示に頼らない。調達の資料は版を重ねて差し替わり、メール添付、画面共有、共有場所での閲覧と渡り方も複数あるため、表示の付け忘れが起きます。送付した資料と共有場所に置いた資料は、表示の有無を問わず秘密情報とします(秘密情報の定義:表示方式か包括方式か)。
- 口頭と見学を含める。ピッチ、質疑応答、デモ、店舗や工場の見学で伝えた情報です。
- 調達していること自体を含める。調達の検討の事実、希望する調達額、条件、他の投資家とのやり取りの経過です。
- 派生情報を含める。投資家が作った分析資料、収益のシミュレーション、投資委員会に出す資料、メモです。
- 予測は保証しない旨を置く。事業計画の予測は現時点の見込みで、正確性や実現を保証しません。
第○条(秘密情報)【資金調達の検討に際して開示する情報の定義の一例】
1本契約において「秘密情報」とは、甲が乙に対し、乙による甲への出資又は融資の検討(以下「本目的」という。)のために、書面、電磁的記録、口頭、画面の共有、見学その他の方法により開示した、甲及び甲の事業に関する非公開の情報をいう。
2前項の秘密情報には、甲が乙に送付した資料、及び甲が乙に閲覧させるために設けた電子的な共有場所に置いた資料を含み、これらは、秘密である旨の表示の有無を問わず、秘密情報とする。
3秘密情報には、事業計画、財務及び会計に関する情報、株主の構成及び資本政策に関する情報、顧客、取引先及び従業員に関する情報、技術及びノウハウに関する情報のほか、本契約の存在及び内容、甲が資金の調達を検討していること並びにその条件及び経過、並びに乙が前各項の情報に基づいて作成した分析、試算その他の資料を含む。
4甲が乙に開示する事業計画その他の将来に関する情報は、甲の現時点の見込みに基づくものであり、甲は、その正確性、完全性及び実現を保証しない。
資金を受け入れる側(甲)が開示し、投資家(乙)が受け取る片方向の形です。第3項の「調達を検討していること」は、取引先や従業員の動揺を避けるためです。
除外事由:「独自に開発した情報」が抜け道になる
除外事由の一つに、受領者が開示を受けた情報を利用することなく独自に開発した情報を置く書式は広く使われています。ただ、投資家が同じ分野を調べて独自の見立てを持つのは自然であり、その見立てが、開示した情報から着想したものか独自のものかは、後から区別しにくくなります。「独自に開発した」と言えば除外される書き方では、出す側の守りが弱くなります。
そこで、次の三点で補います。第一に、除外に当たることの立証は受領者が負うこと。第二に、立証は、開示を受ける前の日付のある記録のような客観的な資料によること。第三に、開示された情報に接した担当者が、その開発に関与していないこと。除外事由全般は除外事由・立証方法・残存知識で説明しています。
第○条(除外事由と立証)【一般的な書き方の一例】
1次の各号のいずれかに該当することを、乙が書面その他の客観的な資料により証明できる情報は、秘密情報から除く。(1)開示を受けた時に既に公知であった情報 (2)開示を受けた後、乙の責めによらず公知となった情報 (3)開示を受ける前から、乙が適法に保有していた情報 (4)乙が、正当な権限を有する第三者から、守秘義務を負うことなく適法に取得した情報 (5)乙が、秘密情報を利用することなく、かつ、秘密情報に接した者の関与なしに独自に開発した情報
2前項第5号に基づく主張は、乙が、独自に開発した時期及び経緯並びに開発に関与した者を示して行う。
第1項第5号の「秘密情報に接した者の関与なしに」と、第2項の「時期・経緯・関与した者」が、抜け道を狭める部分です。
投資家が似た会社にも投資する自由と、情報を守らせることを両立させるには
NDAの中には、「本契約の締結は、開示の目的で言及された取引と同一又は類似の取引を、自ら又は第三者と検討し、実行することを妨げない」という確認の条を置くものがあります。受け取る側にとっては必要な条です。調達する側が見るべきなのは、その続きです。「本契約に定める義務を遵守した上で」のように、秘密情報を使わないことが条件として付いているかを確かめます。条件が抜けていると、開示した情報を使った類似の事業への投資や支援まで許されるように読まれかねません。
一方で、「競合する会社には投資しない」と約束させる書き方は、多くの場合、現実的ではありません。複数の会社に投資しているのが投資家の通常の姿であり、分野が近い会社への投資を一律に禁じる条は、受け入れられにくく、範囲も不明確になりがちです。そこで、投資の自由は認めたうえで、情報の流れを止める歯止めを置きます。強さは次の三つの段で考えます。
類似投資への歯止めの強さ上ほど強く縛る書き方
- 競合投資の制限(範囲と期間を絞る)調達する会社と直接競合する事業に、一定期間(例:検討の終了から○か月)、投資せず、または支援しないと約束する。競合の範囲は事業の名称で特定する事業会社が出資を検討し、自社の事業と競合する関係にあって、技術や顧客の詳細まで見せる場面。専門の投資家には受け入れられにくい
- 担当者の遮断と流用の禁止秘密情報に接した者を、同じ分野の他の投資先の支援に従事させない。秘密情報を他の投資先に開示しない。使っていないことの説明を投資家が負う専門の投資家が相手で、分野の近い投資先がすでにあると分かっている場面。個人の出資者には運用が難しい
- 目的外利用の禁止と立証責任のみ検討のためだけに使い、他の目的に使わない。独自に開発した情報だという主張は投資家が立証する初期の面談を終えた段階で、まず置く基本形
強い段ほど、相手が応じない可能性が高まります。相手の種類と、見せる情報の深さで選びます。
開示先:投資委員会・運営するファンドの出資者・専門家・仲介者
投資家は、一人で投資を決めるとは限りません。投資委員会(投資の可否を決める会議)に資料を出し、運営するファンドの出資者に投資先の状況を報告し、専門家に調査を依頼し、紹介者や仲介者を通じて案件を知ることもあります。開示先は、本目的のために知る必要のある役員・従業員・投資委員会の構成員と、法令上の守秘義務を負う専門家に限り、それ以外は事前の書面による承諾とします。開示先には同等の義務を負わせ、その違反は受領者の違反とみなします(目的外利用と開示の範囲と同じ考え方)。
投資家への開示先の設計と点検
出す側(開示者)の設計
- 開示先を、役員・従業員・投資委員会の構成員と、法令上の守秘義務を負う専門家に限り、それ以外は事前の書面による承諾とする
- 開示先に同等の義務を課し、その違反を投資家自身の違反とみなす
- 運営するファンドの出資者への報告は、社名を伏せた要約にとどめさせる
- 紹介者や仲介者に事業計画を渡す前に、その人とも守秘の取り決めをしておく
- 求めがあったときは、開示した先の一覧を出させる
受け取る側(受領者)の点検
- 投資委員会の資料に数字や顧客名を転記する必要があるのか、閲覧のみで足りるのか
- 運営するファンドの出資者に、投資先の情報を報告する義務が別にあるのか
- 複製や持出しの禁止が、社内の保管やバックアップの運用と矛盾しないか
- 法令・取引所の規則・裁判所の命令による開示の例外が、通知の手続とあわせて書かれているか(相手が上場会社のときは特に)
- 事前承諾が必要な書き方のために、調査の日程が止まらないか
右側は、相手が修正を求めてきたときに、運用上の要請なのか、情報の流用につながるのかを読み分ける材料になります。
第○条(目的外利用・他の投資先への開示・開示先)【一般的な書き方の一例】
1乙は、秘密情報を、本目的のためにのみ使用し、他の目的に使用してはならない。
2乙は、秘密情報を、乙が投資し、又は投資を検討する他の会社に開示し、又はこれらの会社の事業の支援のために使用してはならない。
3乙は、秘密情報に接した者を、甲と競合する事業(別紙に定める事業をいう。)を営む会社の支援又は助言の業務に、本契約の終了後○か月間、従事させない。ただし、甲の事前の書面による承諾がある場合は、この限りでない。
4乙は、本契約により、乙が甲と類似の事業を営む第三者に投資し、又は支援することが妨げられるものではないことを確認する。ただし、乙は、その投資又は支援に秘密情報を使用していないことについて、説明する責任を負う。
5乙は、秘密情報を、乙の役員、従業員、投資委員会の構成員並びに法令上の守秘義務を負う弁護士、公認会計士その他の専門家のうち、本目的のために知る必要のある者にのみ開示することができる。この場合、乙は、開示を受けた者に本契約と同等の義務を負わせ、その者の違反を乙の違反とみなす。
第3項は強い段の書き方で、事業会社の出資者を想定しています。専門の投資家には第3項を外し、第2項と第4項を中心にします。
よくある失敗と直し方:出資の契約に進んだあとの秘密保持と報告義務
NDAで情報を守っても、出資や資金提供の契約に進んだあとの秘密保持と報告義務の条で、守りが崩れることがあります。出資者は、資金を出す立場から、売上や費用の報告、帳簿の閲覧を求めるのが普通で、受け取る情報の量はNDAの段階よりずっと多くなります。次の表は、出資・資金提供・共同事業の契約書で見られる書き方と、整えた書き方です。
書き方の例(一般的な例) 出資・資金提供の契約での秘密保持と報告義務
秘密保持義務を負う者の範囲
誰が義務を負うかは、条文の主語で決まる。定義語の食い違いは見落とされやすい
出資者が受け取る情報の範囲
出資者が同じ分野の事業を営むことがある。必要以上の情報は、秘密保持の条だけでは守れない
違約金
民法420条1項は損害賠償の額を予定できるとするが、過大な定めは民法90条により効力が争われる余地がある
存続期間
終期が読めない義務は運用できない(存続期間)
資金の形が変わるとき
資金の形によって、受け取る情報の量と、見直しの頻度が変わる
責任の上限と秘密保持違反
漏えいによる損害は、出資額とは無関係に生じる
違約金の数え方:件数ごとの累積で、出資額を超えることがある
違約金を置く場合に最も見落とされるのは、「1件」の数え方です。次の表は、出資額1,000万円、秘密保持違反は1件につき300万円で、件数ごとに累積するとした場合の計算例です(金額は説明のための仮の数字です)。
件数の数え方による違約金の違い(仮の数字による計算例)
| 場面 | 件数の数え方 | 件数 | 違約金 |
|---|---|---|---|
| 担当者が、事業計画の資料を誤って取引先1社に送った | 資料の漏えいを1件と数える | 1件 | 300万円 |
| 同じ誤送信で、資料が3社に届いた | 宛先ごとに1件と数える | 3件 | 900万円 |
| 3社に届いた資料に、事業計画と顧客一覧の二つが入っていた | 資料の種類ごと、宛先ごとに1件と数える | 6件(3社×2種類) | 1,800万円(出資額を超える) |
| 同じ誤送信だが、「同一の原因による漏えいは1件と数える」と書いてあった | 原因ごとに1件と数える | 1件 | 300万円 |
相互の条項では投資家も同じ額を負いますが、資料を日常的に外へ出す機会が多いのは資金を受けた側のことが多く、負担の重さは対等とは限りません。違約金を置くかどうかは、NDAの違約金・損害賠償の設計で、置かない設計と比べながら説明しています。
第○条(秘密保持違反の場合の責任)【出資契約における相互の条項の一例】
1甲又は乙が前条の定めに違反して相手方に損害を与えたときは、その損害を賠償する。
2相手方は、前条の定めに違反し、又は違反するおそれがある者に対し、違反の停止又は予防を請求することができる。
3第1項の賠償の総額は、本契約に基づく出資の総額を上限とする。ただし、違反した者に故意又は重大な過失があるときは、この限りでない。
定額の違約金を置かず、実損の賠償と差止めを明記した形です。第3項の上限の水準は立場で変わり、上限を置かない形や、出資額の何倍かとする形もあります。
NDAの出口:不成立のときの返還・消去と、投資家が作った資料
資金調達は、成立しないことも多い取引です。不成立のとき、投資家の手元には、受け取った資料のほか、投資家が作った分析や試算も残ります。返還・消去の条は、「不成立を書面で通知した日から○日以内」のように期限を決め、投資家が作った資料や電子的な複製も対象にして、完了を書面で報告させます。法令上の保存が必要なものやバックアップから直ちに消せないものは例外としつつ、その間も秘密保持を続けると書きます(返還・廃棄・証明)。調達していた事実と条件は、不成立の後も秘密情報として存続させます。
ヒヤリングで確認すること:NDAを作る前に
次の問いの答えで、定義の厚さ、歯止めの強さ、出口の置き方が決まります。
ヒヤリングで確かめること資金調達のNDAを作る前に
- いま誰に何を見せていて、これから誰に見せる予定ですか。すでに出した資料があるなら、NDAの対象を「締結前に開示した情報」にも及ぼします。相手の数で、個別に結ぶか、書式を共通にするかが決まります。
- 相手は、専門の投資家、事業会社、個人の出資者、取引先のどれですか。事業会社は競合や取引の関係があり得るため、歯止めを強くする余地があります。個人の出資者には、担当者の遮断は現実的ではありません。
- 相手は自社のNDAに応じる方針ですか。応じないなら、相手の書式はありますか。応じない相手には、段階3以降を出さない線を決めます。相手の書式なら、定義・開示先・類似の投資の条を点検します。
- 顧客・取引先・従業員の個人情報は、資料に含まれますか。集計で足りますか。個人データには個人情報保護法27条1項の制限があります。集計で足りるなら、名簿は出さない設計にします。
- 取引先、既存の出資者、金融機関との契約に、守秘義務の定めはありますか。ある場合、契約書や条件を見せること自体が自社の義務違反になり得ます。承諾の取得か、要約の提示かを選びます。
- 紹介者、仲介者、アドバイザーは関与しますか。事業計画を渡す前に、その人たちとの守秘の取り決めが要るかを確認します。投資家側の開示先の範囲も決まります。
- 資金は出資ですか、貸付ですか、出資への転換を含みますか。出資契約までの期間は。資金の形で、報告の量が変わります。NDAの有効期間と、出資契約への引継ぎを決める材料になります。
回答があいまいなときは、段階を細かく切り、定義を広くしておき、後で緩める順にします。
起きがちなこと
よくあるご質問
投資家がNDAを結んでくれないとき、事業計画は渡せませんか?
渡せないわけではありません。見せる情報を、概要、事業の骨格、数字や顧客などの詳細、調査の段階に分け、NDAなしでは骨格までにとどめます。詳細な数字や顧客・取引先の情報は、守秘の定めのある書面を取り交わした後に、共有場所での閲覧のみで見せる順にします。契約を結ぶかどうかは自由なので(民法521条1項)、結ばない相手には詳細を出さないという線を、先に決めておきます。
NDAは、どの段階で結べばよいですか?
事業計画の詳細な数字、顧客・取引先の名称、株主の構成のように、外に出ると不利益になる情報を出す前です。社名や数字を伏せた概要を伝える打診の段階では、結ばずに進めることもあります。すでに資料を出してしまっているときは、締結前に開示した情報にも及ぶ書き方にします。
投資家が似た会社に投資するのを、NDAで禁じることはできますか?
分野が近い会社への投資を一律に禁じる書き方は、受け入れられにくく、範囲も不明確になりがちです。事業会社が出資者になる場面では、競合の範囲を事業の名称で特定し、期間を区切って制限する書き方があります。専門の投資家には、秘密情報を他の投資先に開示しないこと、秘密情報に接した担当者を同じ分野の投資先の支援に従事させないこと、使っていないことの説明を投資家が負うことで歯止めをかけるのが基本です。
顧客名簿や会員データを、投資家に見せてもよいですか?
原則として、件数、属性の分布、継続率のような個人を識別できない集計で足りるように資料を作ります。氏名を消しても、会社の手元の台帳と照合して誰か分かる状態のものは、なお個人情報として扱われ得ます。個人データを第三者に提供するには、例外を除き本人の同意が必要です(個人情報保護法27条1項)。事業の承継に伴う提供の定め(同条5項2号)は、資金を受け入れる検討のための開示に当然に当たるとは限りません。
出資契約を結んだら、NDAはどうなりますか?
出資契約の秘密保持の条に引き継ぐか、NDAを残して重ねて適用するか、置き換えるかを、契約書の中で書いておきます。出資契約では、報告の項目と頻度、出資者が受け取る情報の使い道、存続期間、違約金の数え方(同一の原因による漏えいを1件と数えるかなど)、責任の上限と秘密保持違反の関係も決めておきます。
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本ページは一般的な情報提供です。個別の契約への当てはめは、取引の内容や相手の立場によって結論が変わることがあります。書き方の例として紹介している内容は、一般に見られる書き方を整理した例で、特定の事業者や案件を示すものではありません。条文は e-Gov法令検索で確認しています。参考: e-Gov法令検索 / 個人情報保護委員会